家庭訪問、今年も断った - 男の子育て…貧乏に負けない

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家庭訪問、今年も断った

 家庭訪問を今年も断った。家庭訪問の意義はなんだろうなあと考える。おざなりの儀礼的な行事になっている。私たちが子供だった時代、昭和30年代。教員が各家庭の事情を知った上で指導する。そんな事が必要だった。現在、個人情報保護が声高に叫ばれている。クラスの連絡網すら作れない状況。家庭訪問して生徒の各家庭を訪問してなんの情報を確認するのだろう。不思議でならない。学校は年間行事を消化するだけ。本当にこどもたちの為にやることを考え直さないといけない。
 PTAも不要だろう。毎年地域ごとに役員を決めて行事に強制参加。クラス委員を決めて行事の取り仕切り。なぜですか?と訊いてしまう。必要なんですか?保護者の団結が不可欠ですか?
 一度だけ家庭訪問に来てもらったことある。息子が小1の時だ。先生が来られて話す内容は、元気でやられてますよ…、後は自己紹介。申し訳ないが時間の無駄だった。それ以降家庭訪問を断っている。年配の女教師は自宅まで電話をかけてきて、家庭訪問の趣旨を説明した。あなたが家庭を知ってどうするの?教育に役立つの?個人情報保護で踏め込めないのに。そんな事を話したことを覚えている。学校行事の遂行に一生懸命な教師なんだろう。
 考えてみれば息子の担任の顔すら知らない。必要ないもの。必要なら連絡するから問題ない。そんな細くて薄いつながりでいいのだと思う。学校と親はその程度でいいのだ。
 近頃はパワーなんとかという親がいて学校に難癖をつけると聞く。また、給食費を払わない親もいるという。給食費は就学援助を受ければ補助してもらえる。それでいいと思う。
 良い教育なんていうのはないのだ。運良く勉強ができたと思えばいいのだ。どんなに上手に教える技術を持っていても全部の生徒が理解できることはない。生徒毎に違うのだ。個性とも違うと思う。
 そんな事を考えていた。
 息子はipodを手にして勉強をしない。何度叱っても同じ。見事に真ん中の成績。「良い高校」への進学は無理だろう。親の自分もそれを受け入れなくてはいけないと思うようになった。まあそれなりになんとかなる。
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